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池田響子 🕊️画家&著述家&アートセラピストのアバター

風通しの悪い家庭環境で育ちました。

親が社会を批判するばかりで、良い仲間、信頼できる人間関係が無く育ちました。

少ない交流関係においては、深く葛藤する事も何も起こらない日常生活が続きました。

大学卒業して、友達の紹介で転職してから、父とは違う社会的に対応する考え方を知り、たまたま父を間接的に知っている人がいたから、父を客観視出来ました。大学受験に対して父の具体性の無さは、母が補ってくれていました。

とても優秀な母でしたが、人付き合いより静観している事の方が多かった。

母は私の才能を信じ、愛を届けてくれる存在でした。

父を批判的に見ていましたが、情報が少な過ぎて、自分らしい具体策が中々見つかりませんでした。

人との出会いが大切と思えるまで随分時間を要しました。

結局、7年前に父が亡くなるまで、異なる価値観を受け入れ行動する事が出来ませんでした。

米粉のぱん屋 てとてとてのアバター

大学に行けなかったことも、就職先の青田買いに頷いたことも、若い頃に夢を諦めたことも、親や実家の金銭問題のせいにして長年被害者ぶって生きてきたけど、自分軸で生きよう!やりたいことやろう!と決めてからは、それらの選択も全て、学生だったとはいえ、「最終的には当時の自分の決めたことだ」「逆らおうと思えば逆らえたのを、逆らわなかったのは自分だ」と納得できて、そこからやっと自分の人生は親のものではないし、自分で責任取るものって、肚をくくれました。

と、同時に親への感謝も改めて生まれたから不思議です!

40年かかりましたが(笑)、今は、やっと自分らしく生きられてます😊

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