人生がうまくいかない人は、無駄に期待しすぎている
おつかれさまです!
長倉です!
「期待」は魔性だ。
・もっと評価されたい
・本気を出せば自分はもっとできるはずだ
そういう期待が
アナタを苦しめて、行動を縛って、不幸にしている正体だったりする。
世の中は「夢を持て」「希望を持て」と無責任に煽る。
テレビをつければ
若き天才アスリートが特集され、
本屋に行けば
「年収1億円稼ぐ方法」が平積みされている。
そのたびにオレたちは
今の自分はダメだと焦らされていくわけです。
オレ自身、編集者を20年以上やってきて、
累計1000万部以上の書籍を手掛けてきた。
でも、そのなかで
本当にうまくいっている人間ほど、
変なところに期待していなかった。
自分にも、他人にも、未来にも。
そこで今日書きたいのはこういうことだ。
人生がうまくいっている人間は、
誰にも、何にも、期待していない。
自分にも、他人にも、未来にも期待していない。
だからこそ、
・淡々と動いて、
・軽やかに成果を出して、
・誰よりも自由に生きている
「期待しない」は諦めることじゃない。
現実を直視して、
自分の足で立つための、
最強の生存戦略なんです。
アナタは凡人だ、それが出発点になる
多くの人は、
自分の能力を過大評価している。
「本気を出せばできる」
「今の環境が悪いだけだ」
そう信じているから、
うまくいかない現実に腹が立つ。
だからまず、
一つだけ認めてほしい。
アナタは特別じゃない。
天才でもないし、選ばれた人間でもない。
ただの凡人だ。
不快に思うかもしれないが、
ここが出発点なんだよね。
自分を凡人だと認めて、
自分への期待を捨てた瞬間、
人生はイージーモードになる。
よく日本人は自己肯定感が低いと言われるけど、
オレに言わせればあれは「過大評価の裏返し」なんです。
本当は期待しているから、
現実とのギャップに勝手に落ち込んでいるだけ。
最初から「自分は天才だ」と思っている人間は意外と脆い。
逆に長く活躍する人間ほど、
いい意味で「自分なんて大したことない」と思っている。
だから泥臭い努力ができるし、
プライドを捨てて人に頭を下げられるし、
新しいことを学べる。
「凡人だからこそ、工夫しなきゃ勝てない」
この思考こそが、
最強の武器になるわけです。
オレ自身、編集者になってベストセラーを連発していたとき、
完全に有頂天になっていた。
自己評価が異常に高くて、
自分はなんでもできると思い込んでいたんだよね。
ところが、自分より年下のある編集者に出会って、
こいつには敵わないと思った。
だから編集者としてではなく、
マーケターとして生きることに決めた。
もしあのとき、自分の能力を客観的に見ることができていなかったら、
その後の結果は全然ちがっていたはずだ。
自分に期待しないというのは、
自分を卑下することじゃない。
現在地を正確に知るということなんです。
世の中はゴールの話ばかりする。
・どうやったらゴールを達成できるのか
・どんなゴールがいいのか
でも、現在地がわからなければ、
進む方角すら決められない。
ゴールが東京だとしよう。
でも、自分が北海道にいるか九州にいるかで、
進む方角はまるで逆になる。
それなのに、現在地を知らないまま
ゴールばかり目指している人が多すぎるんだよね。
失敗はただのデータ
自分への期待を捨てると、
失敗の意味が変わる。
失敗は恥でも汚点でもない。
単なるデータだ。
エジソンは1万回失敗したんじゃなくて、
うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ、という話がある。
あれは究極に「期待していなかった」人間の話だ。
一発で成功するはずがない、と知っていたから
淡々と実験を繰り返せた。
そもそも期待がなければ
「失敗」という概念自体が存在しなくなる。
期待というのは、ある結果を望むこと。
望んだ結果が得られないから「失敗した」と感じるわけです。
でも最初から何も期待していなければ、
どんな結果が出ても、それはただの「結果」だ。
期待がないところには、
そもそも失敗という概念が存在しないんだよね。
アナタが一歩踏み出せないのは、
「一発で成功したい」と図々しく期待しているから。
どうせ凡人なんだから、
一度や二度でうまくいくわけがない。
努力すれば報われるというのも、たちの悪い期待だ。
残念ながら、努力と結果は比例しない。
どれだけ頑張っても報われないことなんてザラにある。
これは精神論じゃなくて、
データの話でもある。
2018年に Nature Genetics に掲載された大規模研究では、
学歴の約40%が遺伝で説明できるとされた。
IQに至っては、
遺伝率が50%から80%という研究結果すらある。
つまり、生まれ持ったものの差は、
努力でどうにかできる範囲を超えていたりする。
それでも腐らなくていい理由がある。
オレは大学を出て就職もせず、
アルバイト生活でアメリカをブラブラしていた。
28歳のとき、
たまたま見た新聞の求人広告で出版社に応募して、
そこからベストセラーを連発した。
つまり、人生を変えたのは
努力じゃなくて偶然だったわけです。
スタンフォード大学のクランボリッツ博士は、
これを「計画的偶然性理論」と呼んでいる。
キャリアの8割は予期せぬ偶然で決まる。
だから努力で結果をねじ伏せようとするより、
偶然が起きる場所に身を置けと。
だから結果に期待するな。
「うまくいったらラッキー」
「ダメでもともと」
このくらいでいい。
自分に期待しない人間は、
一回一回の打席に一喜一憂しない。
結果をコントロールしようとせず、プロセスを楽しむ。
その軽さが、結果的に大きな成果を引き寄せる。
他人への「べき論」が
人間関係を壊している
人間の悩みはすべて対人関係の悩みである
とアドラーは言ったが、
その原因もまた他人への「期待」だ。
「上司なら部下を守るべき」
「恋人ならわかってくれるべき」
「親なら応援してくれるべき」
この「べき論」は、
全部アナタの勝手な期待にすぎない。
彼らには彼らの人生があるし、都合がある。
わかり合えるはずがないし、思い通りになるはずがない。
「期待して裏切られた」と被害者ぶるのはやめたほうがいい。
勝手に期待したのはアナタだ。
最初から期待していなければ、
裏切られることもありえない。
これは家族でも同じだ。
たとえば、長年ひとりで両親の介護を担ってきた男がいる。
兄弟は遠方にいて、ほとんど助けてくれない。
彼は「家族なんだから兄弟も手伝うべきだ」と期待し続けて、
その期待が裏切られ続けて、苦しんでいた。
でも苦しみの原因は兄弟じゃない。
「手伝うべきだ」という彼の期待のほうなんだよね。
家族だからこそ許されると思って、
互いに過度な要求をしてしまう。
東京大学の犯罪心理学者・福島章教授の研究によれば、
家族間の殺人の多くは、長年の期待のすれ違いが極限まで高じた結果だという。
他人に期待してしまう最大の理由は、
「認められたい」という承認欲求だ。
SNSの「いいね」を気にして、
他人の顔色をうかがって、言いたいことも言えない。
これも研究がある。
ペンシルベニア大学の調査では、
SNSの使用時間が長いほど他人との比較が増え、
嫉妬や自尊心の低下が起きるとわかっている。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の調査では、
SNSを頻繁に使うほど、他者からの承認への依存度が高まることも示されている。
それほどプラットフォーム側は、
人間が承認に弱いという特性を理解して、
設計しているわけです。
そうやって、
他人の評価軸で生きている限り、
アナタは一生、他人の奴隷
なんです。
他人の評価なんて、
その日の気分で変わる不確かなものだ。
そんなものに自分の価値を委ねるのはナンセンスだ。
他人への期待を捨てるとは見捨てることじゃない。
「他人の課題」に踏み込まないってことだ。
・相手がどう思うか
・相手がどう動くか
これは相手の自由だ。
そこに介入するから苦しくなる。
オレがビジネスパートナーとプライベートで会わないのもこれに近い。
10年以上付き合いのあるパートナーが何人もいるけど、
あえて私生活では会わない。
距離を取って互いに期待しすぎないからこそ、
関係が長く続くんだよね。
「私は私、アナタはアナタ」と境界線を引く。
これを冷たいと感じるなら、
アナタはまだ誰かに依存している。
期待していない者だけが、見切り発車できる
やりたいことはあるけど、動き出せない。
その原因は失敗したくないという恐怖で、
その裏にあるのは成功への期待だ。
「やるからには成功させたい」
「失敗して笑われたくない」
とハードルを上げているから、
最初の一歩が出ない。
行動力のある人間は、
未来に期待していない。
「どうせうまくいく確率は半分以下だろ」と最初から思っている。
だから準備に時間をかけず、
見切り発車できる。
ダメなら修正すればいい、という軽さがあるわけです。
職業柄、オレは人生を楽しんでいる人やお金持ちをたくさん見てきた。
彼らの共通点はシンプルで、
行動量が圧倒的に多いという1点だけ。
逆に、うまくいかない人と話していると、
能力が低いんじゃなくて、ただ行動できていないだけの場合がほとんどなんだよね。
そして行動できない理由をたどると、
最後は必ず「失敗への恐れ」に行き着く。
オレの感覚では、
行動力のある人間の成功率は5倍だ。
失敗を恐れず、打席に立つ回数が圧倒的に多い。
「数打ちゃ当たる」を知っている。
100本出して1本当たればラッキー。
その感覚で続けているうちに、
いつのまにかスキルが上がって、
ファンがついて、結果的に成功してしまう。
期待していないやつほど数を打てて、
結局そいつが勝つわけです。
不確実な時代は
未来に期待した者から脆くなる
学校や社会は「夢を持て」「目標を持て」と強要する。
でも、夢なんてなくていい。
目標もなくていい。
夢や目標は未来への期待だ。
「いつかこうなりたい」という理想は、
今の自分を否定することにつながる。
特に、数値化された目標は厄介。
目標を固定した瞬間に視野が狭くなって、
時代の変化に気づけなくなる。
数値のために生きるようになって、
達成できなければ自己価値を見失い、
達成しても空虚感が残る。
ここで一つ研究を出しておく。
ハーバード大学のダニエル・ギルバート教授によれば、
人間は「自分が何を望んでいるか」を正確に予測することが恐ろしく苦手だという。
これは「感情予測の誤り」と呼ばれる。
つまり、
未来の自分が何を欲しがるかすら、
いまのアナタにはわからないわけです。
だとしたら、
遠い未来に大きな目標を固定するより、
別のやり方のほうが理にかなっている。
経営学者のサラス・サラスバシー教授が提唱した
「エフェクチュエーション理論」だ。
これは優れた起業家の思考を分析した理論で核心はシンプル。
遠い未来の目標から逆算するんじゃなくて、
いま手元にある資源(知識・スキル・人脈)から始めて、
予期せぬ出来事をその都度チャンスに変えていく。
未来をコントロールしようとせず、
自分の行動で未来を形作っていくという考え方なんです。
未来なんて誰にも予測できない。
パンデミックも、戦争も、AIの進化も、
誰も予想できなかった。
そんな不確実な未来に「5年後のキャリアプラン」を立てても、
絵に描いた餅になるだけだ。
だから計画を立てるより、
「今、ここ」の現実に集中しろ。
・今日、誰に会うか
・今日、何を読むか
・今日、どこに行くか
その積み重ねだけが未来を作る。
これからの時代に強いのは、
「絶望」を知っている人間だ。
社会にも、会社にも、政治にも、
何にも期待していない人間だ。
期待していないから、
何が起きても動じない。
「まあ、そんなもんだろ」と受け入れて淡々と次の手を打てる。
オレのメンタルがいつも安定しているのもこれに近い。
複数のプロジェクトに同時に関わっていて、
どこか一つに期待を全張りしていない。
一ヶ所がダメでも、別の場所がある。だから動じない。
重要なのは、
自分がコントロールできないことを手放して、
自分の行動だけに全リソースを注ぐこと。
それが乱世を生き抜く唯一の道なんです。
期待を捨てるのは諦めることじゃない
期待は捨てよう、希望も捨てよう。
そうすれば残るのは身軽で、タフで、行動的なアナタだけだ。
期待しない人生は、暗いものじゃない。
むしろ毎日が驚きと発見に満ちている。
アナタはもっと自由に、
もっと適当に生きていい。
アナタがいま無意識に抱えている「期待」は何だろう。
よかったらコメントで教えてほしい。
BE NICE!
長倉

社会にも、
会社にも、
政治にも…
期待していないから、
何が起きても動じない。
「まあ、そんなもんだろ」と
受け入れて淡々と次の手を打てる。
すっっっごく、リスペクトです😆
行動したいのですが、お金がなく、母の賛成が得られません