なぜこれからの時代、若いヤツは「センスを磨くこと」に全振りすべきなのか?
スキルに全振りすると死ぬ
おつかれさまです!
長倉です!
前にXでこんなポストをした。
これからの時代は、若い人は感性を鍛えることに全振りかなと。いままではスキル全振りだったけど、スキル部分はAIでいいからな。
このポストが意外と反響があった。
これからの時代、
「スキル」に全振りしている人は
確実にAIに殺される。
AIでホワイトカラーの仕事が奪われる、
みたいな話は散々聞いていると思うので省く。
要するに、
AIで「スキル」が完全にコモディティ化
したわけです。
特に、
・これからスキルを身につける人
・まだスキルが途上の若者
にとってスキルがキャリアに繋がらないのはかなり辛いことだろう。
「スキルがあれば仕事に困らない」
という学生の頃に信じていた価値観が
完全に崩壊したんだよね。
そもそも、ここで一回「頭の良さ」の定義を見直したほうがいい。
これまで「頭が良い」は
学力や論理的思考力、つまり
情報処理能力
のことだった。
学校の成績が良い=頭が良い、というわかりやすい話だ。
でも、AIが出てきて
その定義は完全に変わった。
論理的に文章が書けなかった人もAIを使えば書けるし、
資料を分析できなかった人もAIがやってくれる。
つまり従来「頭が良い」と言われた情報処理能力は、
もうほとんど価値を持たなくなりつつあるわけです。
問題はここからだ。
誰もが同じアウトプットを
AIで瞬時に出せる世界で、
ヒトに最後に残る価値
とは何か。
それが
「センス(感性・感覚)」だ。
スキルを奪ったAIは、
最適解を出すのは得意かもしれない。
しかし、
「何が美しいか」
「何が心地よいか」
「何に心が動くか」
これはAIに判断できない。
これからは、AIが作った無数の選択肢の中から、
自分の「センス」で選び取る能力がすべてを決める。
だからこそ、
特にスキルを持たない若者は
「感じる力(感性)」を磨く。
これしかないんです。
スキルはAIにやらせろ
オレは著書『豊かな人だけが知っていること』のなかで、
「AIは時間を買う最高の投資だ」と書いた。
・資料作成
・データ分析
・メールの返信
・文章の下書き
必死に身につけてきた「スキル」や「作業」は、
いまやAIを使えば5倍、10倍のスピードで終わる。
AIは史上最強の「時短ツール」だ。
これからの時代に
「作業を正確に早くこなすスキル」なんて何の価値もない。
そんなものはAIに丸投げすればいい。
オレらがフォーカスすべきはAIにできないことだ。
AIは過去のデータを処理して
最適解を出すことはできるが、
「感動」することも、
「違和感」を覚えることも、
「美しい」と震えることもない。
・何かを見て「ヤバい」と感じる直感
・言葉にならない「ライブ感」や「気配」を読み取る力
ここで言う直感ってのは
無意識のパターン認識なんです。
アナタが無意識のうちに溜めてきた経験が、
勝手にパターンを作り、「なんか嫌だな」「これはヤバい」と教えてくれる。
ギャンブルをやっていてよくあったのが、
確率論的には勝てる場面なのに身体が「嫌だな」と言ってくる。
こういうときの感覚はだいたい正しい。
この人間にしか感じ取れない非言語の領域を読む力こそが、
AI時代における人間の最強の武器になるわけです。
現代人は「不感症」になっている
しかしここで
絶望的な事実をお知らせしておく。
現代人のほとんどが、
この「感じる力」を失った
不感症人間
になっているんだよね。
満員電車に揺られて思考停止し、
スマホの画面ばかり見て、
誰かが作った薄っぺらい情報だけを消費している。
安全すぎる日本に守られ、汗もかかず、恐怖も感じず、
ただ「これまでと同じ日常」を送っている。
オレは長年サンフランシスコに住んできたけど、
あそこは治安が悪いから、夜は出歩かないし、昼間だって警戒して歩く。
そこらじゅうに人糞が落ちてるし、
携帯を手に持ってたら盗まれて当たり前。
だから、いつもあらゆる気配を感じながら生きている。
日本に帰ってくると、
新幹線が「1分遅れてすみません」とアナウンスする。
治安が良いのは結構なことだけど、
その安全さがオレたちから
サバイバル能力や感じる力を確実に奪っている
んだよね。
オレは『超一流の二流をめざせ!』でも書いたが、
学校教育を中心とした社会システムが、
感情を押し殺して生きる日本人
を大量生産してきた。
その結果、
自分の感情が動かなくなり、
・何も感じない人
・何も考えられない人
ばかりになってしまった。
感覚が麻痺しているのに、
知識やノウハウを詰め込んでも意味がない。
まずやるべきは、
この「不感症」を治療することだ。
徹底的に「感じる自分」を取り戻さなきゃいけない。
感性を取り戻す3つのアプローチ
じゃあどうすれば
感受性を取り戻し、センスを磨けるのか。
圧倒的な「感じる力」を手に入れるための3つの方法を渡す。
1. 身体感覚(ライブ感)を取り戻せ
感性は頭で考えるものじゃない。
身体で感じるものだ。
だからオレはよく、「セミナーに行くなら、ライブに行け」と言っている。
・ミュージシャンが生み出すエネルギー
・会場の一体感
・言葉にならない熱狂
そういう「ライブ感」に身を置くことで、
アナタの身体は「感じる」ことを思い出す。
ベストセラー『媚びない人生』の著者であるジョン・キムさんと対談したとき、彼は「日常が感覚を麻痺させる」というハイデガーの言葉を引用して、なぜ旅をするのかを語ってくれた。
旅という非日常に自分を置くことで、
麻痺した感覚を取り戻せる。
これにはオレも完全に同感なんだよね。
安全な場所に引きこもっていないで、
・現場に行く
・生身の人間と会う
・体で感じる
五感を刺激し、身体から入ってくる非言語の情報を受け取る回路を鍛え直すんだよね。
身体が感じ始めれば、心も動き出す。
2. 「体験」に投資しろ
「モノ」を買っても感性は磨かれない。
感性を磨きたければ「体験」にお金を使え。
・一流のレストランで食事をする
・見たことのない景色を見るために旅に出る
・最高の舞台を観る
こうした非日常の体験は、
アナタの脳に強烈なバグを起こし、
感情を激しく揺さぶる。
「モノ」よりも「体験」
体験への投資は、
自分の感性に対する最高の自己投資なんです。
ここで重要なのは、
好きかどうかより「新しいかどうか」だ。
オレたちの脳は新しいことを避ける性質を持っている。
だから意識しないと初体験はできない。
でも、その初体験こそが、
麻痺した感覚をビリビリと刺激してくれる。
「好きなことを探しています」なんて言ってるヤツがいるけど、好き嫌いなんて誰かに洗脳された結果かもしれないし、今日好きでも数日後には嫌いになる。
そんな曖昧な「好き」より、
新しい体験のほうが、よっぽどアナタの感性を育てる。
同じ毎日の繰り返しからは、
新しい感性は絶対に生まれない。
環境を変え、体験を変える。
3. 本を読み、自分だけの「地図」を持て
最後に、
もっとも重要なことを言う。
言葉を知らなければ、感じることはできない
ということだ。
新約聖書の「ヨハネによる福音書」の冒頭に「はじめに言葉ありき」とあるように、この世界は言葉から始まったと言っていい。
オレたちが認知できるものは、
すべて言葉で説明できるものばかりだ。
逆に言えば、
言葉がないものは認知できない。
言葉を持たない人間は、世界を認知できない。
古い建築を見ても「古いな」としか感じないし、
美しい音楽を聴いても「いい曲だな」で終わる。
知識という「地図」がないから、
解像度が低く、世界の面白さに気づけないわけです。
だからこそ、読書が全てだ。
これはオレの実感でもある。
たとえば、R&Bの歌手アレサ・フランクリンを知っているヤツと知らないヤツでは、カフェで彼女の曲が流れたときに見える世界がまったく違う。
知っているヤツは、その曲からいろんなミュージシャンや時代を連想して、店のコンセプトまで読み取れる。
知らないヤツには、ただのBGMだ。
言葉と知識が増えるほど、
脳は反応しまくるようになる。
オレの好きな映画監督ロベール・ブレッソンは
画家の眼を持て。画家は見つめながら創造している。
という言葉を残しているが、
観ながら無数の連想ができる脳をつくりたいわけです。
逆に言えば、言葉を奪われると、人は何も感じなくなる。
オレの愛読書、ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』では、
支配者が毎年わざと単語を減らしていく。
「反抗」や「革命」という言葉そのものを消せば、
反抗も革命も起きなくなるからだ。
これはSFの中だけの話じゃない。
言葉を持たないということは、
感じる力も考える力も奪われるということ
なんだよね。
アナタのなかの言葉が増えるほど、世界は鮮明になり、
いままで感じなかったことが「ビンビンに」感じられるようになる。
AI時代は「感じるヤツ」がすべてを手に入れる
これからの時代、
スキルは全部AIがやってくれる。
若いヤツが全振りすべきは「センス(感性)」だ。
これまでは、「スキル」という目に見えてわかりやすいものに頼っていれば、ある程度は生き残れた。
「これだけできるようになった」と
自分を安心させることもできただろう。
でもそんな時代はもう終わった。
これからは「感性」の時代だ。
アナタが磨き上げた感性は、
AIには絶対に真似できない
「世界で唯一無二のアナタだけの感覚(ブランド)」
になる。
だからこそ、
周りと同じことをやっていてはダメだ。
周りと違うことを怖がってはいけない。
誰もやらないことを、とことんやる。
誰も行かない場所に、とことん行く。
ここで思い出してほしいのは、
知れば知るほど、知らないことに気づく、という現象だ。
読書をして知識が増えると、脳はもっと知りたくなり、
さらに知ると、さらに知らないことに気づく。
そうやって視野はどんどん広がっていく。
逆に、知らない人は暗闇の中でサングラスをかけて生きているようなものだ。
同じ世界にいながら、
チャンスが目の前にあっても見えない。
同じ環境にいて、1億円稼ぐ人と、まったく稼げない人がいるのは、見えている世界が違うからなんです。
だからオレは事あるごとに
「移動しろ」「本を読め」と言い続けてきた。
移動が、身体感覚を取り戻させ、強烈な「体験」をさせてくれる。
そして読書が、世界を感じ取るための「言葉」と「知識」を与えてくれる。
移動して、身体感覚と体験を得る
読書して、言葉と知識を得る
これを繰り返すことでしか、
アナタの感性は磨かれないんだよね。
みんなと同じように、不感症のまま効率やノウハウを追いかけて、AIの下請けとして搾取される人生を送るのか。
それとも、圧倒的な「感性」を武器に、唯一無二の存在として世界を面白く生きるのか。
どちらの道を進むのか、選ぶのはアナタだ。
アナタが最近、
心から「感じた」体験は何だった?
コメントで教えてほしい。
BE NICE!
長倉



鹿児島に弾丸旅行にいったんだけど、火山から出る煙をみて地球が生きてると感じた、今までにない感覚に襲われた。
長倉さん❣️確かに 感性を磨く事 これからの1番重要な人間らしさ? ですね。 早く自分自身を切り替えていかないと!と考えさせてもらいました❣️